イレギュラーに強い人材。たとえば、どんな状況でも「なんとかなる」と言える人は周囲にいますか?こういった人は、もともとそういう性格・属性で、後から育てることはできないと思われがちかもしれません。今回紹介する書籍『育成不全』では、このイレギュラーに強い人材の育て方がまとまっています。
この本は、育成に関わるマネージャーや人事をメインターゲットとしていますが、一人前の担当者になった後、さらに成長の壁にぶつかっている本人にとっても有用でしょう。私はウェブエンジニア出身の人事なのですが、この話題はITエンジニア・人事担当者の双方に大きく関わると感じています。
ITエンジニアが一人前の担当者となる段階では、プログラミングの設計・実装といった専門的な知識やスキルが中心になりがちです。また、人事担当者も、割り振られた業務の確実な実行がメインとなりがちです。大きな方針策定や中長期の施策検討、ボトルネック解消といった業務はマネージャー層が担うことが多く、コミュニティで知り合う人事の担当者からは「キャリアの次のステップが見えない」という声も聞かれます。この双方にとって重要なのが、イレギュラーに対応する力、すなわち「なんとかなる」と言える力です。
このように育成する側、育成される本人の双方に役立つ書籍を紹介します。
書籍の概要
この書籍が提唱するイレギュラーに強い人材の育成戦略の概要は、以下の通りです。
この書籍では、いかなる困難な状況でも「なんとかなる」と対応できる人材の根底には、高い自己効力感があるとしています。自己効力感とは、望む結果を出すために必要な行動を、自分自身が実行できると確信することであり、この感覚が強いと、人は困難な課題にも積極的に取り組み、粘り強く努力を続けることができます。
このようなイレギュラーへの強さを後天的に育成するためには、心理・思考・関係性の三つの視点からアプローチすることが重要であると主張されています。
心理 : 心理的エンパワーメントの育成
自己効力感を高めるには、部下が心理的にエンパワーメントされた状態、つまり、仕事に意味や価値を見出し、主体的に取り組める状態を目指します。この状態を促すためには、仕事の目的や意義を共有して有意味感を育み、自分で考え、裁量を持って進められる自己決定感を育みます。また、適切な目標設定やフィードバックを通じて、自分に能力があると実感できる有能感や、仕事の成果が他者に良い影響を与えていると感じる影響感を高めます。
心理的エンパワーメントは継続的パフォーマンスマネジメントと相性が良いでしょう。キャリア志向を踏まえ、目標を軸にコミュニケーションをとれば、仕事の目的・意義を考える機会が生まれます。また、成功体験の支援や承認を通して、有能感を高めることも可能です。
メンバーを作業者ではなく、自発的に考えて動く同志として捉え、そのための材料や、行動結果の周辺情報を伝達することを大切にしたいところです。
思考 : コンセプチュアル・スキル(概念化)の強化
複雑な状況を整理し、問題の本質を捉えて戦略的な判断を下すためのコンセプチュアル・スキルを磨くことが、思考の柱となります。このスキルの鍵は、目の前の具体的なタスクを、より大きな目的や全体像の中で捉え直す概念化という行為にあります。具体的な訓練としては、個々の詳細(虫の眼)と最終的な価値や目的(鳥の眼)を繰り返し往復する複眼トレーニングが推奨されており、これにより、部下は仕事の全体像を俯瞰し、向社会的モチベーション(他者の利益に貢献したい動機)も刺激されます。
マネージャーとしては、仕事の意義や個別の依頼事項の背景、いわゆる What (何をやるか) だけでなく、 Why (なぜやるか) を伝えるコミュニケーションが重要になるでしょう。メンバーが大局的な視点を学ぶには、必要な情報が提供されていなければ材料が不足します。目の前の業務に必要な最小限の情報に留まらず、全体とのつながりを伝える姿勢が大切です。
書籍では、この複眼トレーニングに関する具体的な手法や、業務の分析のためのフォーマットも提供されています。
関係性 : 戦略的ネットワーキングの実践
イレギュラー時において、必要な情報や協力を得るためには、人的ネットワークを戦略的に活用する力が不可欠です。特に非公式な情報ラインや、組織内の利害・パワーバランスを精緻に読み解く力が重要です。キーパーソン(意思決定者、ブレーン、案内人など)を見極め、さらに彼らの視点や感情を想像し理解するパースペクティブテイキングを養うことで、協力を引き出し、意思決定や判断の質を高めることができます。
ITエンジニアにおいて、特におろそかになりがちなのがこの部分かもしれません。仕事は正論だけで動くわけではありません。組織には多くの人が在籍しており、そこには人に関わる力学が存在します。正論だけでは物事が好転しないため、誰にどのようにアクションを取ればよいかを読み解く必要があります。このような戦略的な取り組みを行うには周囲からの信頼は重要であり、敵対関係などもってのほかです。いくら優秀でも主要なステークホルダーと衝突していては、その人の意見が通る可能性は大きく下がります。
人と良好な関係を築き、特徴を見極め、自分の要望だけでなく相手のことも考え、関係者全体にとって今より少しでもよくなる選択肢を模索する必要があります。このような関係構築と調整の重要性を考える上で、この書籍のネットワーキングの章は生々しくも、参考になるものでした。
まとめ
冒頭に述べたように、この書籍は一人前の担当者より先に進むうえで重要な要素が詰まっています。人事やマネージャーの方だけでなく、一人前になったが、その先に不安や苦戦を感じている担当者の方も、ぜひ読んでみてください。
神谷さんについて
この書籍に限らず神谷 俊さんの発信は興味深く、ワクワクするものが多く、個人的におすすめです。
人事・組織関連の分野に関して登壇していたり、その結果がウェブのレポート記事になっていたりするので、今回の書籍を読んでみて気になった方はぜひ他の情報も追ってみてください。
